ロボットが「体で考える」時代へ ── この夏のフィジカルAI、まるごと解説

① ロボットが「全身」を使えるようになった

7月30日、GoogleのAI研究部門であるGoogle DeepMindがGemini Robotics 2というAIを発表した。

去年のバージョンは、机の上での作業しかできなかった。腕と手だけ。ロボットは椅子に座ったまま、みたいな状態だ。

新しいバージョンは、歩く・しゃがむ・背伸びする・バランスを取るまで含めて、全身をまとめて動かせる。デモ映像では、Apptronik社の人型ロボットが「じょうろを下の段の緑の箱に入れて」と言われて、部屋を歩いて横切り、じょうろを取り、棚まで移動して、正しい場所に置いた。人間なら3秒で理解する指示だが、ロボットにとっては「言葉の理解 → 移動 → 物をつかむ → 正確に置く」という全部が一続きで必要になる。

もう一つ大事なのが、別のロボットに引っ越しできること。これまでは、ロボットの機種が変わればAIも作り直しだった。今回のAIは、新しい機体に合わせるのに数時間の学習で済むという。スマホのアプリが機種を変えてもそのまま動くのに近い感覚だ。

ただし、まだ全然できないこともある

ここが面白いところで、Google自身が「できないこと」のグラフも公開している。

  • 電球を外す:かなり得意
  • 電球をねじ込む:苦手
  • ちりとりでゴミを掃く:苦手
  • ジップロックを閉じる:苦手

外すのは得意でねじ込むのは苦手、というのは人間の感覚だと不思議だが、力加減と位置合わせを同時に微調整する作業はまだ難しい、ということだ。動きのスピードも人間よりずっと遅い。


② NVIDIAが「ロボットの部品一式」を売り始めた

NVIDIAは、AI用の半導体で世界一の会社だ。ChatGPTのようなAIも、ほぼNVIDIAのチップの上で動いている。

その会社が7月、東京でのイベントを起点に、ロボット向けの道具を一気に発表した。

Cosmos 3 Edge ── 「世界モデル」と呼ばれるAI。物が落ちたらどうなるか、押したらどう動くか、といった物理法則の常識を学んでいる。人間が赤ちゃんの頃から自然に身につけているアレだ。これがあると、ロボットは「やってみて失敗して学ぶ」回数を減らせる。しかもロボット本体に載るくらい軽い。

Jetson T3000/T2000 ── ロボットに内蔵する小型コンピュータ。これまでの高性能版と同じ計算力を、半分のサイズと電力で出せる。ロボットはバッテリーで動くので、電力を食わないのは死活問題だ。

Halos for Robotics ── ロボット用の安全システム。これが地味に一番重要かもしれない。

なぜ「安全」が重要なのか

ロボットがどれだけ賢くても、人間の隣で動かすには安全基準をクリアして、保険に入れる必要がある。工場に導入するには、労働安全の審査も通さなければいけない。

つまり、技術的にできることと、実際に現場に置けることの間には、けっこう深い溝がある。NVIDIAはその溝を埋める道具まで用意してきた、ということだ。


③ ヒューマノイドが「実際に働いた台数」で競う段階に

ここ数年、人型ロボットのニュースといえば「バク宙した」「踊った」といった映像が中心だった。今は違う。何台つくって、何時間働いて、何を生産したかという数字で語られている。

Figure AI × BMW(アメリカ・ドイツ)

自動車メーカーBMWの工場で、Figure社の人型ロボットが約1年間働いた。その間、BMWのX3という車を3万台以上つくる工程に関わり、9万個以上の金属部品を運んだ。

Figure社は自社工場で1時間に1台のペースでロボットを生産できるようになり、BMWへの納入は累計350台を超えた。BMW側からも公式発表が出ているので、「本当に生産ラインで働いている」証拠としては現時点で一番しっかりしている。

Agility Robotics(アメリカ)

倉庫で使う人型ロボット「Digit」を展開。面白いのはビジネスの仕方で、ロボットを売らずに貸す。「1時間いくら」で使ってもらう、サブスクみたいなモデルだ。

ロボットは高額なので、買うとなると導入のハードルが高い。借りるなら試しやすい。この会社は倉庫で累計10万箱以上を運んだ実績を積んでいる。

中国勢の規模がすごい

  • AgiBot:累計1万5000台を出荷済み
  • Unitree:株式上場で大型の資金調達に成功。主力機の価格は約13,500ドル(200万円ほど)まで下がった
  • 中国全体の2026年の生産台数は、初めて10万台を超える見通し

数百台の世界と10万台の世界。この差は後で効いてくる(理由は最後に説明する)。

Teslaは遅れている

Teslaの人型ロボット「Optimus」は、工場のラインは準備できたものの、量産開始は「7月末〜8月」から「年内」へずれ込んだ。イーロン・マスク氏は「新しく作る部品が約1万点もあるので、最初はものすごく遅い」と説明している。

AIが賢いかどうか以前に、モノをつくるのが難しい。ここが今の一番のボトルネックだ。


④ 日本はどう動いたか

7月、日本でも大きな発表が続いた。

大手4社が手を組んだ

富士通・ファナック・安川電機・川崎重工業の4社が、共同開発を始めると発表した(7月16日)。

ファナックも安川電機も川崎重工も、産業用ロボットでは世界トップクラスの会社だ。これまでライバルとして競ってきた3社が、富士通のAI基盤の上で共通のしくみをつくる。担当は、富士通×ファナックが工場、×安川電機が物流、×川崎重工が病院・介護。

狙いは「メーカーの違うロボット同士が、同じしくみの上で連携できるようにする」こと。今は各社バラバラで、混ぜて使うのが難しい。

もう一つのキーワードが「ソブリン性(自国で握れること)」だ。日本の工場が持っているノウハウは貴重な財産で、それを海外企業のAIに丸ごと預けてしまうのは避けたい、という発想である。

ただし現時点では「検討を始めた」段階で、いつ商品になるかはこれから決める。

44社が出資する新会社「Noetra」

ソニー・ソフトバンク・NEC・ホンダを中心に、国内44社が出資する新会社が動き出した。ロボット向けの国産AIを開発する。国も支援していて、2030年度までに1兆円規模の投資が見込まれている。

国の目標

経済産業省は、フィジカルAIの市場が2040年に世界で約60兆円になると試算し、日本は世界シェア3割超・国内20兆円・国内1000万台という目標を掲げた。

現場の改善も進んでいる

ファナックは、ロボットに動作を覚えさせる学習時間を60時間から4.8時間に短縮したと発表した。約12分の1だ。

これは地味だが効く。学習に60時間かかると、多品種を少しずつつくる工場では割に合わない。5時間で済むなら現実的な選択肢になる。

三菱自動車は、東京大学発のスタートアップと組んで、京都工場でヒューマノイドを量産する話を進めている。車の工場は「大量に精密なモノをつくる」設備がすでにある。それをロボット生産に転用しようという発想だ。


⑤ そして、アメリカが輸入を止めた

ここまでは技術と経済の話。最後は政治の話になる。

7月28日、アメリカのFCC(連邦通信委員会)が、外国製の人型ロボットと四足歩行ロボットの新規輸入を事実上禁止した。

理由は主に2つ。

  1. サイバーセキュリティ ── ロボットはカメラとマイクとネット接続を持つ。乗っ取られれば、動く監視カメラになる。実際、2026年初めに家庭用ロボットの脆弱性で世界中の何千台もが遠隔からアクセス可能だった事例が報告されている。
  2. サプライチェーン ── 部品の生産が特定の国に集中していると、政治的な対立が起きたときに供給を止められてしまう。

名指しはされていないが、中国は人型ロボットで世界シェア8割超とされ、実質的に中国が対象だ。中国のUnitreeは7月22日にヨーロッパで販売を始め、北米進出を準備していた矢先だった。中国政府は「国家安全保障を口実にした保護主義だ」と反発している。

すでに認証を受けている既存モデルは対象外なので、明日から街のロボットが消えるわけではない。だが今後アメリカ市場に入る機体の顔ぶれは大きく変わる。


まとめ:何が勝負を決めるのか

この夏の出来事を並べると、3つの流れが見えてくる。

1. 「賢さ」より「載せやすさ」

AIの性能は上がった。でも今、企業が競っているのは「どのロボットに、どれだけ早く、どれだけ安く載せられるか」だ。数時間で新しい機体に対応できる、1日で追加学習が終わる──こういう数字が発表の目玉になっている。

2. 台数が多いほど、AIが賢くなる

これが中国勢の強さの正体だ。

ロボットが実際に現場で働くと、失敗と成功のデータが集まる。そのデータでAIを改善する。改善したAIを次の機体に載せる。この輪が回るスピードは、動いているロボットの台数で決まる。

年10万台つくる国と、年数百台の会社では、この輪の回転数が違う。アメリカの輸入規制は、まさにこの輪に地理的な線を引く措置でもある。

3. 安全をクリアできない機体は、現場に入れない

NVIDIAの安全システム、Googleの安全ベンチマーク、日本のGMOが8月に始めたヒューマノイド安全運用サービス。方向性の違う3者が同じ時期に「安全」を出してきたのは偶然ではない。

人間の隣でロボットを動かす以上、どれだけ賢くても、基準を通せなければ工場にも病院にも置けない。

日本の立ち位置

台数では中国に勝てない。でも日本には、モーターの精密制御、位置を測るセンサー、関節を動かす部品といった中身の技術で世界トップクラスの蓄積がある。異なるメーカーの機械を組み合わせて現場に入れる統合力も強い。

7月に「大手連合」「国産AI」「国の戦略」が同時に揃った。これが2027年以降に実際の製品として機能するかどうか。そこが次に見るべきポイントになる。

AIロボットHUB編集部

Physical AI(フィジカルAI)やヒューマノイドロボットをはじめ、国内外のロボット企業、製品、最新ニュースなど、ロボット業界に関する情報を発信しています。

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